山梨県には素晴らしい仏像が多い、ということは、前回の大聖寺、その前の福光園寺のエントリでも取り上げたとおりであるが、甲府盆地の東の端、ワインで有名な勝沼にも、素晴らしい仏像を多く所蔵する古刹・大善寺がある。
大善寺の本尊は薬師如来であり、脇侍の日光・月光菩薩を含めた三尊像は5年に1度、わずか1週間の期間ながら開帳される。私が初めて大善寺を訪れたのは3年前だった。もちろん厨子は閉められていたが、それ以外の仏像も素晴らしいので満足して帰った記憶がある。その時、3年後のご開帳は必ず来よう、と思っていたのであった。
勝沼は我が家のある東京都多摩地区からは比較的近く、中央道を1時間ほど走ればいいので行きやすい。ただ、土日は観光客で大渋滞になるため、この日は午後休をとって勝沼へと向かった。
八王子からすぐに山へと分け入る。大垂水峠付近から相模湖あたりのクネクネを越え、笹子トンネルを抜けると山梨県へ入る。甲府盆地へと下っていくが、この高速からも、右手に大善寺薬師堂(本堂)の大きな屋根を見ることができる。
勝沼インターチェンジで降りると、ものの5分ほどで大善寺に到着した。周辺はぶどうが赤い実をたわわに下げている。
さすがにいつもとは違って駐車場も混んでいて、誘導員も何人もいる。5年に1回ということで、お祭のような感じになっているのはどこのお寺のご開帳も同じである。幸いにして1台分空いており、狭い道を上がる第3駐車場には行かなくてすんだ。
大善寺山門の堂々たる仁王。
石段を登る。いつもとは違う吹き流しのようなものがたくさん風になびいている。
石段を登り切ると、楽屋堂という建物をくぐって薬師堂前へと出る。紅葉にはまだちょっと早い。
いつ見てもこの本堂は見事だ。屋根の張り出しがすごい。さすが国宝!という感じである。いつもは正面3つの扉のうち、左側と真ん中は閉まっているが、この日は全部開放されていた。
お堂に入り、内陣へと入ると、木の赤い色とも相まって、数多くの仏像がズラリと並ぶ様はいつ見ても壮観だ。そして今日は中央の厨子が開いていて、小さな日光・月光菩薩も厨子を出て須弥壇の上にいる。
薬師如来坐像(平安時代初期)国指定重要文化財 像高85.4cm サクラ材 一木造
この薬師如来は、何と言っても本当にぶどうを左手に持っていることが特異だ。それもかなり大事そうに持っているように見える。
実物を見ると明らかにぶどうは後補である。というか、薬師如来なのだから薬壺を持っているはずの手にぶどうなので、これでは薬師如来ではなく葡萄如来になってしまうではないか、という気もする。
しかしぶどうは薬効がある、ということをこの薬師如来が教えてくれた、という話であり、この薬師如来から勝沼のブドウ栽培が始まった、という説もあるくらいで、そういう意味では、薬壺に入っている万能薬と同じく、この地においてはぶどうこそ万能のスーパー薬なのかもしれない。
ぶどうの他にぱっと見での印象としては頭が大きい、ということであろうか。少し微笑んで瞑想しているように見えるが、とてもいいお顔をされている。偏袒右肩の衣紋の彫りはとても美しい。
また、斜めから見るとわかるが、この薬師如来はやや後ろにもたれかかるような姿勢だ。リクライニング如来などと言ったりしてしまうのだが、南伊豆・河津町の南禅寺で拝観した薬師如来坐像も同じくリクライニング如来だった。大きさはかなり違うのだが、同じ薬師如来でもあるし、何かそういう造形があるのだろうか?奈良の新薬師寺の本尊・薬師如来坐像(平安時代初期・国宝)も、横から見ると、ここに挙げた2像ほどではないが少しリクライニングしている。
右手は触地印になっている。我が家に、母にもらった東南アジア産と思われる小さな薬師如来の金銅像があるのだが、これも左手に薬壺、右手は触地印にしている。
触地印といえば釈迦如来の八相に見る、降魔成道の場面ということで知られるが、これはあまり関係ないのだろうか。以前のエントリでも取り上げた、八王子市郷土資料館の薬師如来像も、あちらは倚像ではあるものの、やはり薬壺を持たない手(この像は左右が逆という稀有な例)は触地印のように膝においている。よく知らないのだが、薬師如来には経典上で何かそれらのような内容が記されているのだろうか。
それにしてもこの薬師如来、かわいらしい。造形の素晴らしさもあるが、何よりもかわいらしい薬師さんだな、というのが一番の印象だった。
日光・月光菩薩立像(平安時代初期)国指定重要文化財 サクラ材 一木造
私はこの脇侍にかなり惹きつけられた。まっすぐに下へと垂らした、それぞれ本尊側の腕の先の手を平にしているところも独特で、両手でやったらヒゲダンスなのだが、小ささと相まって、そのポーズがまずとてもかわいらしい。
詳細を見ても、足の形がすけて見えるようなぴったりとした薄い衣の造形の美しさは比類がなく、衣紋にも翻波式衣紋がきれいに出ていてとても美しい。よく見ると、一瞬、漣波式か?と見まごう2つの小波にも見えるが、形式化する前の自由な造形になっていると言われる。足の間にも渦巻き紋があったりして平安初期の古い様式をよく伝える。顔は、細い目を閉じているかのようで、頭は一般的な宝髻ではなく、何かをかぶっている。小さく、やや寸胴にも見えるが、全体のまとまりとバランスはかなり良い。
薬師如来の入っている厨子(南北朝時代・国宝)は薬師如来だけでもやや手狭な感じに見えるが、ご開帳の時は須弥壇まで降りているこの2体の脇侍も、この厨子に薬師如来と一緒に入って5年間を過ごしているわけで、さぞ窮屈だろうなぁ、と思ってしまう。
この三尊像は5年に1度の開帳だが、その脇を固める仏像たちは常時拝観が可能だ。
十二神将像(鎌倉時代・国重文)は福光園寺の吉祥天と二天像を作ったということで以前のエントリでも取り上げた、慶派の仏師・蓮慶の作である。
ベンガラのような赤の彩色がかなりインパクトがあるのだが、それ以上に表情や甲冑の造形はさすが慶派、という感じがある。ただ、1体のみ、午神将はちょっと様子が変だ。さすばに1体だけあまりにも違う雰囲気なので、これは別人による造像であろうか。
蓮慶は字面から、慶派の代表である運慶と混同されていたことがあったとのことで、これら十二神将も運慶作とされていた時期があったという。確かにパッと見は紛らわしい(笑)
3年前に来た時には修復中で、背面の壁のフックしか見えなかった大きな日光・月光菩薩像も並んでいる。
一歩下がって、厨子も開き、すべての仏像が並ぶ空間をじっくりと拝観する。何というすごい空間。山梨の懐の深さはなかなかのものだ、と改めて感じた。
ご朱印も堂々たるものだった。「ぶどう寺」の文字がいい。
仏像の素晴らしさもさることながら、お堂の雰囲気というものがお寺を決める部分というのはあるな、という気もした。やはりこのお堂は素晴らしい。
下の庫裏では、庭を眺めつつ、ご住職と檀家さんが協力して醸造しているお寺オリジナルのワインをいただくことができる。私はドライバーなのでボトルを購入して、家でじっくり味わわせていただいたが、なかなか美味しかった。
〒409-1316 山梨県甲州市勝沼町勝沼3559
TEL:0553-44-0027
拝観料金:500円(グラスワイン拝観、抹茶拝観はそれぞれ800円)
拝観時間:9:00〜16:30(4月〜11月)、9:00〜16:00(12月〜3月)
拝観:本尊薬師如来および脇侍は5年ごと、秋に1週間程の開帳。2018年、2023年10月に開帳される。
駐車場:あり(無料)
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