(前編より)
上野・東京藝術大学美術館では、2016年8月7日(日)までの日程で、滋賀県長浜市の「観音の里」から、40体以上もの仏たちが集まった特別展「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ—びわ湖・長浜のホトケたち—」が開かれている。
滋賀県は国宝を含む国指定重要文化財の指定件数は818件で全国4位だそうだ。長浜市は大津市に次いで国・県・市指定の文化財が多いという。
※掲載の写真は内覧会において特別に撮影が許可されたものです。特別展会場での撮影はできません。
3年前の「観音の里の祈りとくらし」展の続編であるが、前回が18体の仏像だったのに対し、今回は40体以上と、さらなる充実ぶりとなっている。
前編では奥の部屋の仏たちについて取り上げたが、後編は手前の部屋についてである。実際には特別展の会場にはこの部屋から入ることになる。
この会場は奥の部屋に比べるとかなり広く、そこに所狭しとたくさんの湖北の仏たちが林立している。
中央に向き合って立つ2体の仏像にまず目が行く。
【来現寺】聖観音立像(平安時代・国指定重要文化財)像高178.8cm
一瞬だけ、世代閣の魚籃観音と見間違えてしまったが、そんな独特な雰囲気のある豊かな体の堂々たる立像である。とりわけ目を引くのが衣紋だ。
前面の下半身の衣紋の造形は独特な雰囲気を持ちつつも非常に美しい。両腰のあたりに垂らした衣のシワの寄り方や、中心からほんのわずかにずれている渦文、まっすぐ何も造形されないような脚部の裾の部分には、やや不規則なものも入れつつのリアルな造形を見せる。
足の両側の縦の衣の皺もきれいで、ベールのようになって後ろへとひらひらと作られた中に渦文が入れられているのもおしゃれだ。
観音像らしく右足をやや踏み出しているが、さぁ行くよ、という感じよりは、堂々とかっこ良くちょっと足を開いていて立っているようにも見えるほどに見事な体躯の造形である。
顔も堂々とした凛々しさで、崇高な雰囲気がある。昨年の主尊であった赤後寺の千手観音に通じる造形にも見える。※参照リンク→「観音の里の祈りと暮らし展」(2013)
どちらかというと乾漆像のような雰囲気のある表情で、とても古い像なのだろうな、と実感する。
側面から背面へと回ると、先ほどの腰布の美しさがぐるりと巡っている上に、背面の腰から裾への円を描くような翻波式衣紋の造形はまさに水を流したかのようで非常に美しい。
来現寺像と向き合うように立つのがこちらの観音像である。
【医王寺】十一面観音立像(平安時代・国指定重要文化財) 像高145.4cm
図録の写真では宝飾をつけているが、特別展では外されているため、美しく素朴な表情はかえってよく見えるかもしれない。
衣紋に猪目状のタックを多用したり、本来は蓮肉と一体であったことから古様ということらしい。様式からするとやや時期は下っての9世紀後半になるようだ。それでもかなり古い。
たおやかで美しく気品があり、気高さも感じる雰囲気であるが、何と言っても優しい雰囲気で、どの仏像もそうではあるものの、この観音様が自分の住む地区にいらっしゃったならどんなに嬉しいことだろう、とも思う。
この手前側の部屋にあって、どの仏像にもそれぞれ素晴らしい魅力があるが、とりわけ惹きつけられた像が2体ある。そのうちの1体がこちら。
【洞寿院観音堂】聖観音菩薩立像(鎌倉時代 建保四年[1216年]・国指定重要文化財) 像高172.7cm
樹木そのものからつるりと抜け出して形になったような、その雰囲気が素晴らしい。彫りと造形はプリミティブとも見えるが、それがまた非常に印象的である。
なんと左手の甲以外はすべてヒノキの一本の木から掘り出されているという。木芯を前部にずらしているようで、内刳りはないそうだ。その木芯をずらす、ということでたまたまそうなったのかはわからないが、仏像仲間(@yo_kkun)が気づいてツィートしていたポイントが興味深い。右手のところで、ちょうどそこから何か発せられるように木目が広がっているのだ。たまたまなのかもしれないが、霊性の高さを感じさせるものがある。そして右手の木目が縦にきれいに並んでいるのにも目がいく。この方向に木目が入っていると腕が折れやすいのではないだろうかと思ってしまうが、体部の木目との連続性を見ると、本当に一木で掘り出されているのが実感できる。かなり感動的なものがある。
こちらの仏像はなんと33年に1度の開帳仏で、今年がまさにその開帳年なのだそうだ。それだけでも現地に訪れて拝観するだけの価値が大いにあるというのに、なんと東京にまでご出張くださるとは、畏れ多くて申し訳ない気分だが、こうしてお会いできたのも縁だろうか。現地でのご開帳は今年の9月ということである。
もう1体がこちらである。
【岡本神社】十一面観音坐像(平安時代・長浜市指定文化財)像高99.2cm
噂には聞いていたが、実際に拝見すると、人を釘付けにするパワーを感じる。前編にご紹介した阿弥陀寺の聖観音菩薩坐像と同じく赤い木肌だが、これは同じカヤ材だからなのだろう。
六臂の十一面というと、パッと思いついたのは滋賀県・草津市の橘堂にいらっしゃる三面六臂の十一面観音像だったが、他にも群馬県三光院などに作例はあるようだ。ただ儀軌の典拠がハッキリしないとのことで、そうしたところもまた何だか不思議で妖しい雰囲気を感じさせる一助になっているかもしれない。
天冠台の彫りが精緻で美しいが、髪の毛は割と簡略的だったりして、そうした造形の違いも面白い。もともとは彩色があったとのことなので、また違う印象だったのかもしれない。
この像は現在、浅井長政の居城であった小谷城のふもとの小谷丁野(ようの)町にあり、歴史の中では、戦乱や水争いなど、多くの戦いの中にあったようだ。今回の展示では見えないが体部右背面には大きな割れ目の痕があるようで、これは姉川の戦いで村人が避難させる際に過って落としてしまった時についたという伝承があるそうだ。
そうして大切にされてきた観音像は、地域の大寺院の住職が集まって法要をしてはじめて東京へとお出ましになれたそうで、出かける際には地域の住民たちがみんなで見送ったという。なんだか奈良・安産寺の子安地蔵が東京へいらっしゃったときの話を思い出した。あちらも地域で本当に大切にされている仏像である。
少し気怠さもある妖艶な表情ながら、どことなく厳しい雰囲気もある。それ以上に、その造形は非常に美しい。霊力を強く感じる像であり、長きに亘って小谷丁野町の集落を守り続けたのも納得ができる雰囲気だ。
【石道寺】十一面観音立像(平安時代・滋賀県指定有形文化財)像高107.3cm
石道寺というと、色白ですらりとして紅をさしたような非常に美しい十一面観音像で有名だ。私も何度も訪れているが、あのエレガントで美しい十一面観音の他にも、このような美しい観音像がいらっしゃったとは知らなかったというべきか気づいていなかったと言うべきだろうか。キャプションの写真を見ると、なんとも同じお厨子の中にいらっしゃるようだ。不覚であった。
そのお厨子の両脇に立つ持国天像および多聞天像(いずれも平安時代・国指定重要文化財)も一緒に出展されている。
こちらも堂々たる姿であり、拝観しているはずなのにあまり記憶に残っていないことが情けなく感じる。次回訪れた時はしっかり向き合いたい。
邪鬼が非常にかわいい。
さて、内覧会でもやはり人気者だったのがこちらの像である。
【正妙寺】 千手千足観音立像(江戸時代) 42.1cm
非常に有名な像であるが、私は今回初めてであった。圧倒的なその造形はやはり引きこまれるものがあったが、思いのほか小さくてかわいらしい。
図録によれば、お寺には本来、千足観音が存在していたようで、それが焼失したために江戸時代に作り直したものではないか、とのことだった。もともとの像はどんな時代に作られたどんな像だったのだろうか。ぜひ見てみたかったものだ。
正面からの写真しか見たことがなかったのだが、横から見ると手は3列、足は2列分の造形がされているのがわかった。
体部も分厚く、少しムチッとしている。上半身裸であることからして、何だかハワイや南の島のような雰囲気を感じさせるものがあって、拝観しているとだんだんと明るく楽しい気持ちになってくるから不思議だ。
そして今回は裏面も拝観できる。意外につるっとしていた。
【充満寺(西野薬師堂)】薬師如来立像(平安時代・国指定重要文化財)像高159.4cm
以前より一度訪れてみたいとずっと思いながらなかなか機会に恵まれなかった西野薬師堂であるが、薬師如来自らこちらに来ていただけるとは。。。会場で見ることができるビデオによれば、造形の特徴がよく似た非常に美しい十一面観音像と二尊で厨子に立つようだ。
衣紋が独特で、足元の裾の造形など注目するところが多い。Y字紋や両腕から垂れ下がる衣紋は、波の先がとがったようになっている。胸からお腹あたりの衣紋も、均一な大きさの波がモリモリとしっかりとした高さで造形されていて迫力がある。
また表情もおおらかで、なんというか、頼もしくも暖かい、とてもいいお顔だ。自分の住む地域にあったなら、何か悩み事があったら会いに行きたくなる存在だっただろうな、と思う。
【竹蓮寺】宝冠阿弥陀如来坐像(平安時代・長浜市指定文化財)像高83.5cm
前回もいらっしゃっていて、そのかわいらしさ、素朴さにはグッとくるものがあったが、今回もやはり同じ感想を抱く。
現在は腕と膝部分が後補となり、印相は蓮茎を持つ観音の印になっているが、宝冠の下に螺髪が見えることや通肩であることなど、本来は天台宗特有の宝冠阿弥陀如来であったと見られている。宝冠阿弥陀と言えば、静岡県の伊豆山神社像や、広島県の耕三寺の快慶作の像(耕三寺像はもともと伊豆山神社にあったもの)が有名であるが、全国でも作例が少ない。
馬頭観音が今回は3点も、それも横並びに出展されている。
1体目は前回も来て下さったこちら。
【横山神社】馬頭観音立像(平安時代・長浜市指定文化財)像高99.6cm
プリミティブにも見える造形だが、よく見ると、側面や指先など、とても美しい。素地の良さが生きている像だな、と感じる。頭上の馬頭がとてもユニークで癒やされる。
つい、映画のETっぽいと思ってしまうこの指もとても好きだ。
2体目はこちら。
【山門自治会】馬頭観音坐像(平安時代・滋賀県指定有形文化財)像高103.2cm
馬頭が大きく屹立しており、堂々としたものだ。非常に厳しい表情ながらも、造形は素晴らしい。現在は6臂だが、本来は8臂であったという。身体の主部は本来像なのだろうが、脚部はバランスからしても小さく見える。本来は全体としてはもっと違うイメージだったのかもしれない。
そしてもう1体がなかなか惹かれる像であった。
【徳円寺】馬頭観音立像(鎌倉時代・滋賀県指定有形文化財)像高80.0cm
すらりとしていてカッコイイ像であるが、3つの点に目がいく。1つは直線的な腕とすぱっと切れそうな手拳。2つめが、爆走してきて、いきなり「ストップストップストーーップ!」と言われたかのような足の造形。そして3つめが、まるで翼のような髪の毛である。
あまりにも翼っぽく、さらに馬頭観音というとで、「ペガサス馬頭観音」という名前が頭の中で浮かんだ。とにかくいろいろとカッコイイ。
こちらの小さな観音像も美しい。
【知善院】十一面観音坐像(鎌倉時代・国指定重要文化財)像高43.9cm
13世紀の慶派仏師の作と考えられているそうで、小さな像ながらもとても美しい。髪の毛の線の造形の美しさなどはさすが慶派、という感じがする。
お顔がふっくらとしていて、柔らかい、女性らしい雰囲気も感じる。
慶派仏ということでいえば、快慶—行快の師匠&弟子に関わるとみられているこの2体の像が並んで出展されているのも興味深い。
【大吉寺】阿弥陀如来立像(鎌倉時代・長浜市指定文化財)像高77.6cm
【浄信寺】阿弥陀如来立像(鎌倉時代・長浜市指定文化財)像高83.1cm
大吉寺像は快慶作の三尺阿弥陀の特徴を持っているらしく、表情も確かにそれっぽい。
浄信寺像は体内納入物からして行快の作である可能性が高いという。
表情はどちらかというと大吉寺像の方が行快っぽい感じにも見える。
衣紋が非常に美しい。
同じ大吉寺から来ているこちらの観音像も、独特な雰囲気で惹かれるものがある。
【大吉寺】聖観音菩薩立像(平安時代・長浜市指定文化財)像高67.4cm
かなりの前傾であるが、薄い衣紋の平安末期様式ながら、新しい造形の試みもあるそうで、鎌倉時代初期までが比定に入るようだ。装飾の美しさもあるが、何とも印象的な像である。
もう1体、同じような独特な魅力を持っているのがこちらである。
【南郷町八坂神社観音堂】聖観音立像(平安時代・長浜市指定文化財)像高101.3cm
両肘から横へ広がる天衣が特徴的な印象を受ける像である。この天衣が当時のものかどうかはわからないが、阿弥陀如来の脇侍でこうした造形をしたものを見たことがある。独尊像だと非常に独特な感じに映る。木の風合いに深みを感じさせるものがある。
表情は素朴ながら深い瞑想を感じさせる。何とも惹きつけられる。
こちらの像は表情がとてもかわいらしくて好きだ。
【舎那院】薬師如来坐像(平安時代・滋賀県指定文化財)像高83.2cm
そして薬壺がなぜかかなり小さい。
他にも数多くの仏像が所狭しと林立する様は圧巻としか言いようがない。大きな寺院が系列の3か寺くらいと共同で開くというならありそうだが、1つ1つの仏像が別の地域のお寺や神社などに安置されているというのに、一箇所に集まってひとつの特別展を開くということは、まず滅多にないことだと思う。関係者の苦労がひしひしと伝わってくると同時に、それぞれの地域で長きに亘って御仏を守ってきた方々の深い思いもにじみ出ているように感じる。
撮影した他のホトケたちの写真をお届けする。
【総持寺】聖観音立像(平安時代・国指定重要文化財)像高100.1cm
【長浜城歴史博物館】聖観音立像(平安時代・長浜市指定文化財)像高97.8cm
【小野寺町】阿弥陀如来立像(平安時代・長浜市指定文化財)像高47.9cm
【舎那院】愛染明王坐像(鎌倉時代・国指定重要文化財)像高49.4cm
【源昌寺】聖観音坐像(平安〜鎌倉時代・長浜市指定文化財)像高37.5cm
【阿弥陀寺(加田)】阿弥陀如来立像(平安時代・長浜市指定文化財)像高97.5cm
【源昌寺】薬師如来坐像(平安時代・滋賀県指定文化財)像高76.5cm
【国安自治会】十一面観音立像(室町時代・長浜市指定文化財)像高110.8cm
本当に素晴らしい特別展であった。次はぜひ現地を訪れたい。
美しい湖北の風土の中、大切にお守りしている皆さんとともにあるホトケたちに、現地でお会いしたいと思う。
会期は8月7日(日)まで。残り会期はわずかです。まだご覧になっていない方は、おそらく二度と無いこの機会、ぜひ上野へと足を運ばれることを強くお勧めします!
【観音の里の祈りとくらし展Ⅱ—びわ湖・長浜のホトケたち—】
会期:2016年7月5日〜2016年8月7日(日)
開場:東京藝術大学美術館(東京都・上野)
料金:1,200円(大人)
時間:10:00〜17:00(金曜日は20:00まで)入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
展覧会ウェブサイト:http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2016/nagahama2/nagahama2_ja.htm
びわ湖・長浜 観音の里ウェブサイト:http://kitabiwako.jp/kannon/
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